関ジャニ∞と渋谷すばるさんを好きでいること

好きなものを純粋に楽しみたかっただけなのにいつの間にか

 

「余計なことは考えないようにしよう」とか

「好きなものだけ見ていよう」とか

「好きだったものを嫌いにならないように」とか

「正直な気持ちから目を背けてTLの空気に合わせよう」とか。

 

そんなことばかり考えながら今日も自分と同じ気持ちを探す。

文字から得た"共感"という感情に一瞬心を救われながらも、目の前の世界は変わらなくて。

 

だけどその"共感"は「誰か」や「何か」を悪く捉える言葉で綴られている現実にまた心が重くなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは関ジャニ∞が好きです。

中でも渋谷すばるさんが好きでした。

今も好きです。

 

ただ、関ジャニ∞の全てを肯定しているわけではないし、

渋谷すばるさんの全てを肯定しているわけでもないです。

 

なんでこんな仕事するんだろう…と思うこともあるし、なんでこんなこと言うんだろ。とも思うこともある。

 

でも、私にとって関ジャニ∞というグループの素晴らしさや魅力は変わらない。関ジャニ∞はこれまでもこれからも最高のグループたと思ってる。

 

それは、関ジャニ∞の「中の人たち」と「メディアの中の商品である"関ジャニ∞"というパッケージ」を切り離して考えているからだと思う。

私は完全に「中の人たち」を愛している。

メンバー一人一人、賢くて優しくて、センスがあって、歌もパフォーマンスもこれ以上ない人たちだし、その一人一人が6人になって生まれる空気感は何にも変えがたい。

 

更に言うなら、「6人になったこと」で生まれたた新しい空気感には、「7人時代」では決して生まれることのなかった別の良さがある。

 

変わらないようでいて、関ジャニ∞は大きく「変わった」し、6人が関ジャニ∞を「変えた」のだと思ってる。

 

渋谷すばるさんが脱退を決意してからの今まで、どれだけの葛藤や思いを乗り越えて、ここまで来たのだろうと思うと、ますます彼らへの思いは強まってしまう。

 

関ジャニ∞」というもはや自分達だけのものではない巨大なパッケージを歴史ごと背負った真面目な人達だと思っています。

 

 

 

 

 

そして、渋谷すばるさん。

 

彼を語る時、わたしもついついやってしまいがちなのですが、彼は「唯一」とか「センス」、「空気感」という実態のない言葉と共に語られることが多い。

 

渋谷すばるさんは、ジャンルが「渋谷すばる」。この、クサい表現がバチっとハマってしまう人でもある。

 

「人」とか「人間」とか「生きる」みたいなド直球のワードをギラギラした眼で歌に乗せた瞬間、それは「渋谷すばる」というジャンルになる。

 

これは好き嫌いが分かれるジャンルでもある。その「渋谷すばる」というジャンルを「俺たちのすばる」という位置付けにした時に生まれるラスボス感が関ジャニ∞にはあったし、それが7人時代の関ジャニ∞の輪郭のひとつになっていたとも思ってる。好き嫌いが分かれる空気をうまく「みんなのもの」に型どる輪郭。

 

その「渋谷すばるジャンル」がソロになると剥き出しになる。よくも悪くも。

 

私は個人的に渋谷すばるさんは「良くも悪くも」の魅力をまとった人だと思ってるので、その「良さ」と「悪さ」が剥き出しになるソロ活動は、受け取る側によって捉え方がだいぶ変わるものなんじゃないかと思ってる。それくらい「紙一重」のバランスの上に存在する人。

私はその中の「良さ」を多く受け止めるタイプの人間なんだと思ってる。

 

 

 

繰り返しますが、わたしは渋谷すばるさんのことが大好きです。

ただ、そのド直球な「渋谷すばる感」を真っ直ぐ受け止めて愛でる器がないタイプの渋谷すばるファンなのです。

 

なんかモゾモゾしてしまうんです。

 

でも、逆に言ったらそのモゾモゾしてしまうド直球な世界観を「アリ」と思えるようになれたのは渋谷すばるさんのお陰なのです。時間はかかりますが。

また、そのド直球な世界観の「良さ」を教えてくれたのも渋谷すばるさんでした。

 

 

 

それでも正直「shubabu」には今も慣れないんです。これはほんと、申し訳ない。

パパママにも「嘘だろ?」という気持ち。

 

 

ツイートの感じもそう。とにかく、なんか、恥ずかしい。

 

 

一言で言うなら「思ってたんとちゃう」なんですよ。

なんか、こう、スパーン…と、楽曲配信かなんかからシンプルにスタートするイメージだった。少なくとも「カワイイ」世界観とは直接絡まないと思ってた。延長線上や深掘りした先に「カワイイ」があったとしても。

 

きっと、われわれファンとの距離も遠いと思ってた。でもそんなことなかった。

なかなかに近かった。少なくともSNS上では。

 

 

 

でも、この「思ってたんとちゃう」の「思ってた」カタチって、完全にこちらの思い込みでしかないわけで、つくづく自分というオタクは推しについて殆ど何もわかってなかったんだなあ、と感じた。

 

 

渋谷すばるさんて、その時その時のチャンネルやゾーンが少なからず言動に表れる人じゃないかとわたしは勝手に思ってるので、今はそういうチャンネルなのかなあ、とも思ってます。ツイッター、楽しいんだろうな、と。

 

ツイッターも、その他のことも今まで出来なかったことをとことん楽しんでくれてたらいいな。とはファンとして思っています。

 

公式ブログで届けてくれる言葉もいつも素敵で、読むたび人として渋谷すばるさんを尊敬してしまいます。

 

「しゅばぶ」的なノリが恥ずかしいのも、ほんと。

 

渋谷すばるさんの綴る言葉や考え方が大好きで尊敬してしまうのも、ほんと。

 

すばるくんのツイートに連なるリプで可視化された、「突然縮まったファンとの距離」に戸惑ってるのも、ほんと。

 

それでも歌声ひとつでやっぱりすばるさん最高だな、と思うのも、ほんと。

 

関ジャニ∞6人素敵だな、と思うのも、ほんと。

 

追い付かないくらいどんどん活躍してほしいなと思うのも、ほんと。

 

"大きな仕事"に心から喜べなかったのも、ほんと。

 

それでも歌やパフォーマンスを見ると最高だな、と思うのも、ほんと。

 

どの気持ちも偽りのない自分の気持ち。

気持ちなんていくらでも変わっていくし、変わらないかもしれない。

 

それでも、しょうがない。これが今現在の自分の気持ちなんだったら、それを抱えて好きなものをちょうどいいあんばいで見ていこう。

 

気持ちがザラついたり、モヤつくこともあるけど、その原因を「誰か」に向けないようにしよう。

 

元々同じものを好きだった人間同士の思いが、今これだけバラバラになっているのは、それだけのことが起きたということ。

 

怒りとか、悲しみを持つこと否定しないし、楽観的でいる人がいたとしてもいい。

 

ただ、誰かを責めたりすることはしないようにしたい。

好きなものを全て肯定しないといけないなんて思わなくていい、というスタンスで私は素敵な人の素敵な部分だけを愛でていく。

 

そして、その素敵な部分がいつか遠い未来交差することがあってもいいかもしれない。ただ、それは、ずっと先でいい。

 

 

袂を分かつた人達の行く末、どちらにも幸せが待っているといい。

それをこっそり楽しみにさせてもらうオタクでいたい。