「カメラを止めるな!」は「不思議なストレス」と「完全なるストレスフリー」の織り成す傑作だと思った話

ようやく話題の「カメラを止めるな!」を見ることができた。
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ポスターとタイトル以外、全く予備知識は持たずに見て大正解だったし、これからこの作品を見る予定でいる方なら、この記事さえ読まない方がいいとさえ思う。

 

この作品にとって「知らないでいること」は、「鑑賞中の撮影、録音は禁止」という映画泥棒レベルの必須マナー。

 

というわけで、ここから先は、この作品を今後鑑賞予定の方は読まれないことをおすすめします。

 

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この作品を酷評するツイートをいくつか見たのだけど、いずれも前半30分で席を立ってしまってる人によるものだった。

 

わかる。

 

私も、はじめ言葉に表すのが難しい居心地の悪さを覚えた。

その時に感じた居心地の悪さや違和感…があってこその作品なのだ、と分かるのは作品の中盤になってから。

そこから先の展開には、拍手を送るしかない。

 

「お金を払い、時間を割いて映画館に足を向けた客が席を立ちたくなるほどの演出」をエクスキューズなしに30分続ける勇気。

 

これが成立したのは小規模作品だったからこそだろうが、私はこの「不思議なストレス」による快感を映画で味わえたことに感謝する。

 

 

そして、「完全なるストレスフリー」である。

 

これは意識的なのか無意識なのか、わからないところだが、この作品は出演するどの役においても「女性という性別であること」が特別視されることがない作品だった。これは、邦画では珍しいことだと思ってる。

 

 

まず、男女比で言っても女性が不自然に少ないということもなかった。また、メインポジションで働く女性が当たり前のように描かれている。

 

働く彼女たちの見ためにも不自然さがない。年齢層もリアル感のあるバラけ方で、ちゃんとそのポジションで働く女性として見えた。

 

ポスターに映るショートパンツタンクトップの若い女性も、イチ役者として存在しているだけだった。人格もバックグラウンドもちゃんとある、働く女性である。

 

話の中盤、ある登場人物が自分の子ども(赤ん坊)を職場に連れてくる場面があるのだけど、当然赤ん坊はグズる。

でも、周りの大人はそれに躊躇う表情を一瞬見せるものの、「預かろか~」と話しかけたり、交代であやしたりするのだ。もちろんこの場面には男性もいる。自然に赤ん坊をあやす男性が映るその場面を見たとき、

「この作品の秩序」を見た気がしたし、この作品を安心して愛せるのだ、と確信した。

 

この作品が評価されている理由に、こういう意味での「ストレスフリー」を挙げる人は多くないかもしれない。

 

でも、これだけ世間的に評価される「カメラを止めるな!」が、「性別年齢問わず、全ての配役にしっかりと人格を与えた」作品だった上で、傑作だった事実はとても重要なのだと思っている。

 

「誰も傷付けない笑いは難しい」とか「誰も傷付けずに笑いを成立させるなんて無理」という言説があるけれど、それは可能だし、その上で圧倒的な面白さを確立することもできる、とこの作品で証明できたのだから。